展示場住宅について

置かれた家具、小物は一流品であり、広角レンズによって部屋は異常に広く見えます。


モデルルームという現実の空間を眺めている時でさえ、実はパンフレットで作られたこのイメージを見ているのです。


・・・そしてもしこの住宅を手に入れれば、パンフレットの世界がそのまま自分のものになると錯覚してしまいます。


展示場住宅が画期的だったのは、その出来上がりの状態が、家を建てる前からわかるからだという話があります。


その論に従えば、岐阜 注文住宅をデザインする建築家に頼んだり町の大工に頼んだら、どんな家になるか出来上がるまでわからないということになります。


・・・しかしこの論は基本的に誤っています。


展示場住宅が画期的だったのは、その出来上がりとは異なる状態を、あたかもその出来上がりの状態であるがごとく錯覚させる技術にたけていたということです。


そしてその技術は、現代人の写真に対する絶対的信頼を、巧妙に利用したものでした。


それゆえここでまたコピーという言葉を使うなら、展示場住宅はコロニアルのコピーでもチューダースタイルのコピーでもなく、まさしくパンフレットのコピーです。


「現実は写真を模倣する」

わたしたちは実物を見る時に、それが写真に写っている姿と同じ姿をしているように見えてしまうという癖があります。


・・・つまり実物を無垢の状態で、白紙の状態で眺めることができません。


オスカー・ワイルドによれば


「自然は芸術を模倣する。」


・・・そして今日においては「現実は写真を模倣する」のです。


注文住宅や展示場住宅のカタログは、このようなわたしたちの習性を最大限に活用したものです。


つまり展示場住宅の外観も、インテリアも、まるでパンフレットに載っている写真のように、人々の目には映るのです。


美しい白樺の木立に囲まれて建つ「わが家」、庭には季節の花が咲き乱れ、ガレージにはBMWが止まっています。


部屋の中に足を踏み入れれば、グランドピアノを弾く娘と、ソファにすわってパイプをくゆらす父親・・・。


登場人物はモデルさん達ですから、娘は飛びきりかわいく、父は貫禄と気品を兼ね備えています。

おしゃれな雰囲気の住宅

人間がそういう仕組みを持ったものであることを、展示場住宅のメーカーは熟知していました。


展示場住宅につけられている理屈はこうです。


つまり大量生産による低価格、大企業の開発力を結集した高品質、高性能・・・。


しかし実際のところ、人々はこんなものにひかれたのではありません。


注文住宅や展示在住宅の持つ、「しゃれた雰囲気」・・・


つまり西洋的雰囲気にひかれているのです。


ただしそこに合理性という大義名分がついていることが、彼らを攻略するための絶対条件でした。


ハビタの家具は装飾という不合理なものを排した合理性が売りものでしたし、デニーズの売り物も駅前のトンカツ屋にはない合理性でした。


これらはすべて合理主義の仮面をかぶった「舶来品信仰」としてまとめることができます。


第四はそのイメージを売るに際して、写真の効果を最大限に活用したこと。


・・・つまり彼らは写真を多用したパンフレットを作り、それを販売の武器としたのです。

西洋を取り入れて・・・

本質的な移入について言うなら、建築に限らずどんな領域でも、かつて日本に本質的移入などあったためしが無かったのです。


あったのはただ「移入業者」同士の、「本家争い」ならぬ、「本質争い」であり・・・


「本質」をほのめかして知った顔をする「知的移入業者」です。


そしてアーキテクト派の項でふれたように、「知的移入業者」とはほとんどの場合建築家のことです。


第三は合理性を謳文句にしながら、実は西洋のイメージを売ったこと。


今でも名古屋 注文住宅などは西洋風のものが人気です。


これはハビタの戦略であり、デニーズの戦略でもあります。


単に西洋を売るだけなら、人々はこれほどの勢いで飛びつくことはありません。


少なくともハビタ派や展示場派の人々は飛びつかないのです。


理屈がついていなくてはいけないのです。


・・・そしてまた理屈だけでも、人は動くものではありません。

折衷式の注文住宅

西洋の住宅文化を、今日あるように日本人にとって身近なものとしたのは、すべて注文住宅と展示場住宅の功績です。


それを可能にしたのは次の四つの原則です。


第一は折衷を少しも恐れなかったこと。


コロニアル様式に寄棟の屋根が載り、南の庭に面した大きな引違いのサッシがついていても、少しも恥ずかしがらなかったことです。


第二はウワベだけの移入であることに徹したこと。


西洋人の生活はこんなではない、居間とは元来こんなものではない、西洋の家に対する哲学はこんなものではない、西洋の住生活の理念はまるで生かされていない・・・


そういった批判にはまったく耳を貸さず、もっぱらウワベだけの移入、皮相的な移入につとめたこと。


本質的な移入が、ウワベだけの移入の後についてくることを、彼らが信じていたかどうかはわかりません。


たぶんそんなことはまったく頭のなかに無かったに違いありません。


そしてたぶんそんなものはいつまでたってもついてこないものなのです。

注文住宅で快適に暮らそう!

はじめまして!


今日から「*注文住宅で快適生活*」というブログをはじめます。


ここでの話題の中心はもちろん注文住宅です!


お役に立てるようがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


さて、注文住宅や展示場住宅の設計者の巧妙な点は、折衷を少しも恐れなかった点です。


様式的整合性とか、幾何学的秩序といったものに、彼らは少しもこだわらなかったのです。


これは宝塚歌劇がとった方法でもありましたし、木村屋のアンパンを生み出したのもまた同じ考え方でした。


宝塚はニセモノでありマガイモノという非難を浴びながらも、日本人に受け入れやすい形になるまで、存分に西洋の歌劇を変形しました。


そのおかげで西洋の歌劇は、今日あるように日本人にとって親しく、身近なものになったのです。


展示場住宅についても同じことが言えます。